「作りの良い革靴は10年でも20年でも履ける」 ― こんな言葉を聞いたことはありませんか?更には、「革靴は10年、20年履いてこそ一流の証」などということも、まことしやかに言われることがあります。これはある一面で事実も含んではいるけれど、ことはそう単純じゃないぞ……というのが私の意見です。

購入して16年が経過したシェットランドフォックス「インバネス」キャップトウ・オックスフォード
私は「靴が好きで好きでしょうがない、何十足でもコレクションしてしまう」というような類の人間ではありません。それでも、一般的に高額な部類に入る靴はいくつも履いてきましたし、何より靴の手入れは幸せな道楽の一つとも言えるものです。また、自分で稼ぎを得るようになって以来、数千円で買えるような修理の効きづらい革靴は履いていません。「10万円の革靴は高くないけど、1万円のスニーカーは高い」と思う感覚を持っています。
ただ、これは「そのほうが長く履けるから」というような気持ちからではなく、人に与える印象をコントロールすることが第一義でもありません。どちらかといえば、趣味あるいは矜持といった、より身勝手な動機から来るものです。
そんな中で実感しているのがこの記事タイトル。もちろん、潜在的に10年、20年と履けるポテンシャルがある靴と、通常どうしてもその前に寿命を迎えてしまう靴というのはあります。そして、作りのよい革靴というのは、一般的に前者であることが多いのも確かですが、結局のところ「10年履ける靴かどうかは10年経たないとわからない」のです。
そしてそれには、実に様々な要因があります。
履く頻度がモノを言う
当然のことながら、例えば1か月に一度しか履かない靴、半年に一度しか履かない靴であれば、10年後でも現役でいられる可能性は高くなるでしょう。靴好きにも色々な類の人がいますが、買い集めるあまり膨大なコレクションを形成してしまうような場合、単純に履く頻度が少ないせいでひたすら長持ちすることはままあるようです。これは特殊な例と言っても差し支えないかと思います。
私は、気に入って手に入れた靴であれば、なるべく普段からよく履くようにしたい。とはいえ、やはり毎日同じ靴を履くわけにはいきません。
よく言われるのは、一度履いた靴は最低でも中2日休ませるというサイクルで、私の感覚としてもこれは頷けます。試しに日を空けずに足を入れてみると、一瞬で「ああ、やっぱり昨日履いたばかりだもんな」と草臥れを感じますが、2日ほど経つとこれがなくなります。そうすると最低で3足あれば足りるのですが……。3足の場合、ローテンションを守る限り、その日に選べる靴が一足しかないということになります。また、1足を修理に出している間はどうするかということにもなります。
そこで、常に最低6~7足は持っておくことになり、その時点でだいたい同じ靴を週に1~2回履くペースが出来上がる……というのが、そこそこ合理的に靴にこだわる人の仮想シナリオになります。(すなわち、これより数が多くなったときには、「ああ、完全に道楽だな」と認識することになります。)
しかし、どの靴も完全に同じ頻度で履くかというと、そうはいかないでしょう。どうしても手持ちの中で一番のお気に入りというのは出てきてしまいますし、様々な服装との合わせやすさにも違いがあるため、「最低中2日」は守りつつも、頻度には差がつくはずです。
すると……仮に平均して週に1回履く靴と週に2回履く靴があるとすれば、5年も経てば、実際に履いた日数は約260日もの違いになるのです。実働日数が何百日と異なっていれば、手に入れてからの年数で寿命を比較するのはナンセンスでしょう。そして、正確な頻度を購入段階で予想するのもまず不可能です。
足に合うかどうか
足に合う靴を選ぶというのは、快適に履くため、そして自分の足を守るためにも大切なことです。合わない靴によって足に余計な負担がかかるということは、靴にもそれだけ負担がかかっていることを意味します。それが靴に無理な歪みを生じさせることもありますし、歩き方が不自然になれば、例えば知らず知らずのうちに靴をどこかにぶつけてしまうというようなリスクも高まります。こうした細かな点が、靴の寿命にも大きな影響を与えるのです。
試着の段階で明らかにおかしいというのは論外でしょう。ただ、やっかいなのは、本当に足に合っているかどうかはすぐには分からない場合が多いということ。

手入れに使用するブラシ、クリーム、シューツリーなど
履き始めは痛いぐらいであっても、馴染んでくる靴があるのは本当です。これは、結果的には足に合っていたということでしょう。一方で、ずっと痛いだけの靴もあります。馴染んだと思ったらすぐヨレヨレになってしまう靴もあります。こういうことが起きて初めて、実は足に合っていなかったということが分かったりします。真実は時間が経たなければ判明しません。
逆に、最初からよくフィットする靴だってあります。「はじめから履きやすすぎる靴はすぐにガバガバになるよ」と言う人もいて、これは実際に起こりうることです。ところが、終始一貫してフィット感を保ち続ける靴に出会えることもあります。結局……時間が経つまでは何も分かりません。
既成靴であれば、様々なメーカーのいろいろなモデルを実際に試してみるしかありません。ビスポークであっても、同じところで何度か作ってみないことには見えてこないことのほうが多いでしょう。
不慮の事故
さて、運よく足に合う靴に巡り合って、ローテーションを守っていれば安泰かというと、そうはいきません。靴は(大抵の人にとっては)履いて出歩かなければ意味がないものです。そして、外を歩けば何が起こるか分かりません。突然の豪雨があるかもしれないし、何かとんでもないものを踏んづけてしまうかもしれない。そうやって、靴に想定外のダメージが蓄積していきます。
もちろん、気を付けてさえいれば、事故などそうそう起こるものではありません。ものを大切に扱う人はちゃんとそうしたことに注意を払っていますから、明日何かが起きてしまう確率は相当低いはずです。明後日もそう。ただ、5年、10年といったスパンで考えたときに、まったく「あっ」と思わずに過ごすことができるかというと、話は別です。それに、「靴より大事なものなど何一つない」なんていう人はいませんから、時にはお気に入りの一足に多少の無理を聞いてもらう場面だって出てくるでしょう。
10年履けたら20年履けるかもしれない
というわけで、素晴らしい靴を見つけて手に入れたら、ぜひ購入日をよく覚えておいて、どれだけ将来に渡って活躍するか、その間に何回くらい自分の足を包んでくれたか、ときどき思い返してみてください。
「良い靴は長く使えるなんて嘘だよ」とか「10年も履くなんて難しいよ」ということを言いたいわけではありません。「長持ち」はあくまでも「結果」であると理解した上で、気楽に味わえばいいんだと思います。
もしめでたく10年間使い続けることができた靴があれば、次の10年だって期待できる可能性はあるでしょう。20年履ける靴かどうかだって20年経たないとわからないし、30年だってそうですよ。きっと。
もちろん、「一生もの」なんていうのも結果論ですが、結果論でいいじゃないですか。
私の場合
個人的な感覚としては、靴は購入して5年くらい経つと「けっこう長い付き合いだな」と感じ始めます。
私が「長く履いた靴」として一番に思い浮かぶのは、学生の頃に買ったポールセン・スコーンの靴です。クロケット&ジョーンズ製だったと思います。12年ほど履いて、今や引退して手元にはありません。でも、とにかくたくさん履いた。最後の数年間は騙しだまし履いていたというのが正直なところです。

シェットランドフォックス「インバネス」、16年が経過した革の質感、履き皺のクローズアップ
一方、現在手元にある既成靴で最も長く履いているのは、シェットランドフォックスの「インバネス」というモデルのキャップトウ・オックスフォード。確か2009年の秋、発売されたばかりのときに購入したので、執筆時点で16年を超えていることになります。価格は当時は4万円を切る程度でした。
もちろんシェットランドフォックスが良い作りの靴であることは間違いないのですが、これが長持ちしている一番の理由は明白で、諸般の事情でだんだんと黒のキャップトウを履く機会が減ったから。
それでも便利なデザインには変わりないので、たまには引っ張り出すこともある……すごくお気に入りというわけではない。でも特段悪いところはないし、処分を考えるほど出番がないわけでもない。そういう靴が意外と16年も一緒にいる、そんなものです。