みなさんは自分のお気に入りの革靴を語るとき、どこに一番に注目しますか? 靴の顔ともいえるアッパーの素材やデザインでしょうか。縫いの精緻さや木型の美しさでしょうか。あるいは、堅牢なアウトソール(本底)の作りでしょうか。人によっては、素材や外観よりも、機能としてのフィッティングや履き心地が第一かもしれません。

本底(アウトソール)ではなく、中敷きでもなく、「中底」の話です(AI生成画像)
もちろんどれも大切なポイントかと思いますが、前回の記事で宮城興業の「和創良靴」についてお話する中で、私はそれらに加えて「頼りなげな中底の質感」に触れました。
実は私は、革靴の真の本体、その構造と機能の根幹を成すのは「中底」なのではないかと考えているのです。少し大げさかもしれませんし、半分冗談だと思って聞いてくださっても構いませんが、これからその理由を解説します。
中底が革靴の本体である理由① 中底は足が直接触れる土台である
靴の最も基本的な機能は、快適な歩行をサポートするための足の保護です。その点で、中底は他のどのパーツよりも重要な役割を担っています。なぜそう言えるのか考えてみましょう。
- 中底は足裏とのダイレクトな接点です。フルソックの中敷きを入れているのではない限り、履いている間ずっと足裏と接し続けるパーツです。
- 足裏と接し続けるということは、荷重が最初に作用するパーツでもあるということです。荷重で中底が沈み込み、足型(フットプリント)を記憶していくことで、既製靴が個人のための道具へと昇華していきます。
- 足はたくさんの汗をかくとい言われていますが、汗腺は特に足裏に多くあります。中底はその足裏に接するパーツだからこそ吸湿性の良い革が求められます。
多くの本格靴は、中敷きを後ろ半分のハーフソック(半敷き)に留めています。前足部の中底を露出させるのは、上記のような機能を最大限に発揮させるための意図的な設計であると見ることができます。
加えて言うなら、この「足裏に触れる部材」とそれを足に固定しておく機構(紐でもベルトでも)さえあれば、他のパーツはなくとも最も原始的な形の履物は完成します。アッパーや本底、ヒールは、そこから派生し、保護性やファッション性などをより向上させるためのオプションであるとも言えるのです。
中底が革靴の本体である理由② 中底は製造工程の起点である
グッドイヤーウェルテッド製法やハンドソーンウェルテッド製法などの本格靴の製造プロセスは、まず木型に中底を固定することから始まります。アッパーの吊り込みも、ウェルトの縫い付けも、すべてはこの中底を土台として行われるのです。
どのような靴になるかは、まず「どの木型にどの中底を据えるか」で決まると言えます。そして木型は完成品からは抜かれてしまいますが、残るのが中底です。中底は単なるパーツではなく、車両や建造物でいうところのシャーシやフレーム、基本骨格であると捉えることができるでしょう。
中底が革靴の本体である理由③ 中底の修理・交換とは?
靴の各パーツの重要度は、その修理・交換の難易度にも表れます。
まず、アウトソールは地面と接する部位のため、すり減るのが前提です。ヒールのトップリフト交換は言わずもがな、オールソールも靴の寿命を延ばすための一般的な修理です。
アッパーはどうでしょうか。外側に露出しており靴の顔とも言える部位のため、ダメージを気にする人は多いと思います。しかしその分、キズ補修、クラックの補修、ほつれの縫い直しなどは多くの靴修理店のメニューにありますし、更にはいわゆるチャールズパッチ(当て革)による穴の修理が行われることもあります。
これに対して、中底に割れ、腐食、過度な変形といった致命的な損傷が生じた場合、修復は非常に困難です。中底を交換するには、アウトソールを剥がし、ウェルトを解き、アッパーを中底から引き剥がすという、靴の解体・全損にも等しい工程が必要となります。
リラスティングによる中底交換に対応するメーカーや修理店も存在しますが、これはもはや「情緒的なアイデンティティであるアッパーを別の靴で再利用する」というプロセスです。
「そのパーツの死が、道具としての死を意味する」という点において、やはり中底こそが靴の「本体」なのです。
ウェルテッド製法以外でも本質は同じ
尚、ここまでの議論はグッドイヤーウェルテッド製法やハンドソーンウェルテッド製法といったウェルトを使用した製法を前提にしていますが、他の多くの伝統的な製法においても本質はさほど変わりません。
例えば、マッケイ製法の場合は中底が比較的薄く、アッパーとアウトソールが中底に直接縫い付けられます。しかし、やはり「足裏に触れ、全てのパーツを一つに束ねる接点」としての役割は中底にあります。マッケイにおいて中底が傷めば、靴の形は一気に崩壊します。
また、一枚の革が足裏から甲まで包み込むモカシン製法では、「中底」という独立したパーツがそもそも存在しない場合があります。しかし、これこそ「足裏を支えている底部分の革(=中底としての機能を持つ部位)が甲まで伸びている」状態であり、まさにそこが本体です。
中底を大切にしている靴メーカーは?
このように靴のパーツの中でも重要性が高い中底ですが、視覚的なアピールも難しく、地味で長期的な機能が中心となるためか、靴メーカーが自社の中底のすばらしさを大きく打ち出しているケースは稀です。そんな中で、どうすれば本当に中底にこだわっている靴を見つけられるでしょうか。
まず、ハンドソーンウェルテッド製法でこだわりのビスポーク靴を製作しているような工房であれば、ほぼ間違いなく良質な中底を使用しているでしょう。分厚い革にウェルトを縫い付けるための溝を掘り、ビスポークの複雑な木型にぴったりと合わせ、手作業で針孔をあけながらしっかりと締まったすくい縫いを施す必要があるという時点で、かなりの程度中底の質が担保されているはずです。

筆者の経験上の中底2トップはJ.M. WestonとLudwig Reiter
では既成靴ではどうか。これは究極的には実際にいろいろな靴を見比べ、履き比べていくしかないと思いますが、私が知る中で「ここは特に中底にこだわっていそうだな」と感じるのはJ.M. WestonとLudwig Reiterです。
J.M. Weston
J.M. Westonは、自社が所有するTannerie Bastin & Fils(バスタン)のアウトソールが非常に高い評価を得ています。しかし、J.M. Westonでバスタンのレザーが使用されているのはアウトソールだけではありません。中底のレザーもバスタンであると明言されています。
また、モデルによって、リブテープを使わずに中底自体を削り出す方式と、中底にリブテープを接着する方式が使い分けられています。このように、中底の加工方法ですら、ケースバイケースで慎重に選択するという姿勢そのものがこだわりを示していると言えるでしょう。
Ludwig Reiter
Ludwig Reiterは、他の多くのブランドが語らない中底の重要性を、公式ウェブサイトで明確に言語化しています。具体的には、まず中底が「足の気候(foot climate)」と「履き心地(wearing properties)」にとって非常に重要であると述べています。また、素材を「first class, untreated cowhide(最上級で無処理の牛革)」と指定し、革の呼吸(吸湿・放湿性)を妨げない「素上げ」にこだわるとのこと。
また、海外のインタビュー記事・インタビュー動画において、Ludwig Reiterが革リブではなく布製のリブテープを採用する理由が語られており、それが面白い。(彼らは実際に革リブを試したこともあるそうです。)
その理由とは、別パーツとして布製のリブが接着されている形であれば、リブが壊れても中底を生かしたまま比較的容易にリブ交換ができるからだそうです。万が一リウェルトを繰り返すなどの負荷が蓄積しても中底には直接ダメージが及ばす、靴の真の寿命を延ばすことができるという、まさに「中底=本体説」を体現するような哲学です。

バスタンレザーのクローズアップ(但しアウトソール)とLudwig Reiterの中底(新品時)
こうしたこだわりは、もちろん実際に履いていても実感できます。J.M. Westonのほうはとにかく「丈夫な中底だな」という印象。Ludwig Reiterはしっかりしていると同時に、しなやかで蒸れが少なくすっきりと履けます。
見えない場所にこそ真実が宿る
いかがでしたでしょうか。「中底こそが革靴の本体である」という考え方は、少し偏執的に聞こえたかもしれません。しかし、華やかなアッパーの裏側に隠されたこの一枚の革板に注目することで、メーカーが込めた「誠実さの温度」を感じ取れるようにも思います。
あらゆる細部の作りが本当に良いかどうかは、靴を徹底的に分解してみなければわからないでしょう。でも、店頭で一足の靴を手に取るとき、その内側を覗き込めば、ハーフソックの先に広がる中底の表情は見ることができます。それがどのような思想でそこに据えられたのかを想像してみれば、表面的なデザインやブランド名を超えて、少しだけ真実と対話することができるかもしれません。
参考外部リンク
J.M. Weston工場の訪問記事
https://www.lesindispensablesparis.com/fashion/jm-weston-h24rt
Ludwig Reiterのオフィシャルサイトでの中底への言及
https://www.ludwig-reiter.com/en/glossar
Ludwig Reiter工場の訪問・インタビュー記事
https://www.gentlemansgazette.com/ludwig-reiter-factory-tour/
#ジェイエムウエストン #ルーディックライター